知 命

              茨木のり子

他のひとがやってきて
この小包の紐 どうしたら
ほどけるのかしらと言う

他のひとがやってきては
こんがらがった糸の束
なんとかしてよ と言う

鋏で切れいと進言するが
肯じない
仕方なく手伝う もそもそと

生きてるよしみに
こういうのが生きてるってことの
おおよそか それにしてもあんまりな

まきこまれ
ふりまわされ
くたびれはてて

ある日 卒然と悟らされる
もしかしたら たぶんそう
沢山のやさしい手が添えられていたのだ

一人で処理してきたと思っている
わたくしの幾つかの結節点にも
今日までそれと気づかせぬほどのさりげなさで


『落ちこぼれ』(理論社)より




ああ、そうなのかもしれない。「生きてるってこと」は。

面倒臭くてやんなっちゃうこともいっぱいあるけど、わたしはやっぱり人間が好きです。
だから人々の間にいたいのです。

リアルでもネットでも今まで「沢山のやさしい手」が添えられていたこと、わたしは忘れません。
ほとんどの「手」はもう過去のものになってしまったけれど、これからもきっとたくさんの「手」に出会うでしょう。

わたしも誰かの小さな見えない「手」になれたら・・。希望はもっていようと思います。



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